
ブログのテンプレートをパステル調のキュートなものに変えてみた。
いぬばばには少々かわいらしすぎたかしら。
そのうち、いぬばばオリジナルのブログテンプレートを作成するつもりだが、まだまだ時間がかかりそう。
デザイン的なアイデアはあるのだが、なにせホームページづくりの基礎知識がないから、そこから勉強しなければならない。
ふ〜、道は遠いなあ。
ところで、久しぶりに母の近況報告。
涼しくなったおかげで、彼女の容態はとりあえず安定している。
夏の間じゅう微熱つづきだった体温も、36度台で安定しているし、大きな嚥下障害も起きていない。
発話の方は、もうほとんど意味不明になってしまったが、彼女なりに断片的にいろいろなことばを発していて、以前よりはずいぶん口数が多くなった。
いちばん救われるのは、彼女がよく笑うことである。
にこやかにしていてくれると、こちらは本当に助かる。
ときどき、私はその笑顔のなかに「無心」の境地を垣間みることがある。
なんの欲も、不平不満もない、そんなおだやかな顔だ。
あぁ〜、天気予報によると、明日は朝から雨らしい。
マロの散歩は期待薄だな。

散歩を終え、おやつをくれ、と目でせがむマロ。
今、こうしてパソコンに向かっていると、少し開けた窓ガラスの向こう側から風のうなり声が聞こえてくる。
空は雲ひとつない青空。さわやかな秋晴れ。
でも、お天気は明日からどうやらまた下り坂らしい。
せんたくものを一気にやっつけてしまおう。
昨日は今日よりは蒸し暑かったが、いちおうお天気だったので、光が丘の四季の香公園へ母を連れていった。
思ったよりも敷地が広く、ハーブ園、バラ園、マグノリア園、温室植物園などがあり、結構いいお散歩になった。
虫に好かれる私は、不本意ながら10回ほど蚊に献血させられたが、母の方はだいじょうぶ。なんで私ばっかりやられるのかなあ。。ブツブツ。。。
以下の写真は”たぶん”スイフヨウだと思う。
朝と夕方とでは、花の色が異なるらしい。
とてもきれいだったので、デジカメでパチり。

母は車椅子に揺られてほとんど目を閉じていたので、お散歩を楽しんでくれたかどうかはわからない。
でも、帰りにアイスクリームを一緒に食べたり、写真撮影などして、我ながら楽しいデートができたんじゃないかと自己満足。

<今日のモンステラベビー>
モンステラの葉っぱベビーは一段と大きくなり、こころなしか緑色も少しずつ濃くなってきた。
西日本で猛威を振るっている台風13号の影響で、関東地方の天気も夕方から雨に変わった。
東京はまだそれほど激しい降りではないが、確かな雨音が9:30PM近い現在も窓の外から聞こえてくる。
明日は風雨が強まるのだろうか。
さて、外の天気とは裏腹に、我が家は比較的おだやかな日曜日だった。
久しぶりに母の近況報告をしよう。
ここのところ、親戚の不幸や、雨続きのストレスがたたったせいか、母にも精神的な変調が現れ、しばしば、彼女の妄想や幻覚に悩まされた。
食事の方も、ある日は絶好調かと思えば、次の日はとろみをつけた水でさえむせかえるという始末。
昨日、一昨日は最悪。バキューム救援隊(父と私)は何回も出動しなければならなかった。
かと思えば、今日は、昼はそうめん、夜はカレーを非常にスムーズに平らげてくれた。
そう、今日は手の動きもよかったし、車椅子への移乗も非常に楽に行えた。
「すごいね、今日は調子いいじゃない」と言ったら、「そ、う、かな..」だって。
こちらの問いかけに、返事や反応が返ると思わず「ブラボー!!」と叫びたくなる。
昔は当たり前だったことが、こんなにも貴重でうれしいひとときになるなんて。。
言うまでもなく、当の本人もそう思っているにちがいない。
早く気持ちのよい秋晴れの日になってほしい。
車椅子を押して四季の香公園に母を連れていこう。

<台風に、肉球パ〜ンチ!!>
今日は台風の接近で、風雨が強まったり止んだりという不順な天候だった。
カナダへ出発すると言っていた友人夫妻は、昨日の夜の飛行機なので、どうやら滑り込みセーフで無事旅立てたようだ。
母は今日も発熱し、入浴直前に37.9度まで上がったため、入浴は中止になった。
訪問入浴は、タオルで身体を拭くだけの作業となった。
発熱といっても、いつものように、これといって他に目立った症状があるわけではないので、それほど心配はしてないが、主治医に相談するにも二ヶ月にいっぺんしか会えないのでどうにも歯がゆい。
やはり今後はもう少し頻繁に相談できる訪問看護などを利用した方がよいのではなかろうか。
それに、これからは嚥下障害による肺炎の予防がメインの課題になるだろうから、こうしたことをこまめに相談できる存在が身近にいてくれると大変心強い。
今日は母にとって少々つらいことがあった。(言葉にも顔にも出さなかったが..)
母が三十数年来通っている美容院に父が予約の電話を入れて、一応、念のために作業は順調にできているかどうか確認したところ、「申し上げにくいのですが..」という答えが返ってきたそうだ。
ずっと長いあいだ、母の髪の手入れをしてくれたSさんは、とてもすまなさそうに、とうに限界を越えていることを父に告げた。
やはり身体のコントロールがまったくきかないお客さんなのだから無理も当然である。
家族経営のこの美容院は、母の病気が進んで車椅子になってからも、車で送り迎えまでしてくれるほどよくしていただいたところで、すっかりうちの方がその御好意に甘えてしまっていた。
「もう○○さん(その美容院)には行けないけど、出張サービスを行っている美容院が近くにあるから来てくれるかどうか聞いてみようか?」
と聞いたが、母は表情ひとつ変えず、もちろん無言のまま。
おそらく、まだ納得してないのだろう。
これからは、こんな風に今までのやり方を変えざるをえない状況がふえるだろう。
そんな時、やはり何ができなくなったかよりも、何ができるかということの方にできるだけ目を向けていきたいのだが...。
いろいろな意味で、前途多難だ。

<グラビアアイドル?>
カナダへ出発すると言っていた友人夫妻は、昨日の夜の飛行機なので、どうやら滑り込みセーフで無事旅立てたようだ。
母は今日も発熱し、入浴直前に37.9度まで上がったため、入浴は中止になった。
訪問入浴は、タオルで身体を拭くだけの作業となった。
発熱といっても、いつものように、これといって他に目立った症状があるわけではないので、それほど心配はしてないが、主治医に相談するにも二ヶ月にいっぺんしか会えないのでどうにも歯がゆい。
やはり今後はもう少し頻繁に相談できる訪問看護などを利用した方がよいのではなかろうか。
それに、これからは嚥下障害による肺炎の予防がメインの課題になるだろうから、こうしたことをこまめに相談できる存在が身近にいてくれると大変心強い。
今日は母にとって少々つらいことがあった。(言葉にも顔にも出さなかったが..)
母が三十数年来通っている美容院に父が予約の電話を入れて、一応、念のために作業は順調にできているかどうか確認したところ、「申し上げにくいのですが..」という答えが返ってきたそうだ。
ずっと長いあいだ、母の髪の手入れをしてくれたSさんは、とてもすまなさそうに、とうに限界を越えていることを父に告げた。
やはり身体のコントロールがまったくきかないお客さんなのだから無理も当然である。
家族経営のこの美容院は、母の病気が進んで車椅子になってからも、車で送り迎えまでしてくれるほどよくしていただいたところで、すっかりうちの方がその御好意に甘えてしまっていた。
「もう○○さん(その美容院)には行けないけど、出張サービスを行っている美容院が近くにあるから来てくれるかどうか聞いてみようか?」
と聞いたが、母は表情ひとつ変えず、もちろん無言のまま。
おそらく、まだ納得してないのだろう。
これからは、こんな風に今までのやり方を変えざるをえない状況がふえるだろう。
そんな時、やはり何ができなくなったかよりも、何ができるかということの方にできるだけ目を向けていきたいのだが...。
いろいろな意味で、前途多難だ。

<グラビアアイドル?>
さきほどの夕食時、母の目の検診についての会話。母は二つの病院で目の定期検診を受けている。
「あのさ、金曜日は赤坂の眼科に行く日だけど、ついこの前べつの眼科で診てもらったばかりで安定しているようだから、薬だけもらいに私一人で行って来るよ。いいでしょそれで。」とわたし。
すると母が、
「だめ。先生..に..話がある..の」
「じゃあ、内容を教えてくれたら私が先生に伝えてあげるから。で、なに?」
「手の..手術..について..ききたい」と母がまじめな顔で言う。
いくらこちらの頭が抗アレルギー剤でぼんやりしていても、母の言っていることがおかしいことくらいはすぐにわかった。
「んんっ?」
父と同様に、わたしは即座に反応した。
「目の専門医に手の手術のことを聞いても、わからないでしょう」
それでも母は引き下がろうとしない。
「いいの。手のこと..聞きたいの」
手の手術のことを眼科医に相談したいというのも問題だが、手の麻痺を外科的手術で治すことができると思い込んでいるところもまた大きな問題である。
「あのね、ママ。この病気は脳の中の問題であって、手を手術してもあまり意味がないのよ。第一、あの先生は目の先生なんだから手の手術のことを聞かれても困っちゃうよ」
母は、ひとまずは押し黙ったが、決して内心では納得していない。
今までも、手の手術の話は何回か口にしてきたから、今後も出るだろう。
要は、理屈が通じないのである。
この病気の一つの症状かもしれないのだが、とにかく一度思い込んだらもう大変。
説得するのは一筋縄ではいかないのだ。
とほほほ。あきらめて根気よく向き合ってゆくしかないかな。

「あのさ、金曜日は赤坂の眼科に行く日だけど、ついこの前べつの眼科で診てもらったばかりで安定しているようだから、薬だけもらいに私一人で行って来るよ。いいでしょそれで。」とわたし。
すると母が、
「だめ。先生..に..話がある..の」
「じゃあ、内容を教えてくれたら私が先生に伝えてあげるから。で、なに?」
「手の..手術..について..ききたい」と母がまじめな顔で言う。
いくらこちらの頭が抗アレルギー剤でぼんやりしていても、母の言っていることがおかしいことくらいはすぐにわかった。
「んんっ?」
父と同様に、わたしは即座に反応した。
「目の専門医に手の手術のことを聞いても、わからないでしょう」
それでも母は引き下がろうとしない。
「いいの。手のこと..聞きたいの」
手の手術のことを眼科医に相談したいというのも問題だが、手の麻痺を外科的手術で治すことができると思い込んでいるところもまた大きな問題である。
「あのね、ママ。この病気は脳の中の問題であって、手を手術してもあまり意味がないのよ。第一、あの先生は目の先生なんだから手の手術のことを聞かれても困っちゃうよ」
母は、ひとまずは押し黙ったが、決して内心では納得していない。
今までも、手の手術の話は何回か口にしてきたから、今後も出るだろう。
要は、理屈が通じないのである。
この病気の一つの症状かもしれないのだが、とにかく一度思い込んだらもう大変。
説得するのは一筋縄ではいかないのだ。
とほほほ。あきらめて根気よく向き合ってゆくしかないかな。





