
火曜日の朝、私が部屋に入った直後、母に異変が起きた。
舌が喉をふさいでしまい、舌根沈下で一時は窒息死寸前になったのだ。
すぐに気管チューブが母の喉に挿入され、なんとか気道が確保された。
が、そもそもこのような状態になるのは脳の状態がきわめて悪いから、と別室に呼ばれた私と父は主治医に告げられた。
母の持病である進行性核上性麻痺がかなり進んでいることに加え、誤嚥性肺炎の炎症が引かないため、もしかしたらこのまま自力呼吸ができなくなるかもしれないという。
そこで、最悪の事態が発生した場合、人工呼吸器を装着するか否かを考える必要があると伝えられた。
人工呼吸器..、今朝家を出る際には思いもよらないことばが登場した。
機械的に生命を維持できても、「生きる」という状態にはしてくれない人工呼吸器。
テレビドラマでしか接点のなかった機械の名まえ。
頭がパニックになった。
どうしたらいいの、どうしよう。
涙がぽろぽろこばれてどうしようもなかった。
同席していた父も同じようにきっと頭のなかはまっしろだったにちがいない。
でも、人工呼吸器装着に踏み切らなければ、すぐにでも死んでしまうような緊迫感に襲われた。
そして、冷静な判断が難しく、とにかく一分一秒でも長く生きてほしいという気持ちにとらわれ、父と私は「じゃ、お願いします」と消え入るような声で医師に伝えた。
「それでは、タイミングを見ながらそういう方向でいきます..」
父は、遠方に住む長女や親戚に危機的状況を伝えるためにいったん帰宅した。。
私は母のそばで、からだの状態を観察するためのモニター画面のデジタル表示をボーッと見ながら何を考えていたかは今はよく覚えていない。
酸素マスクの下で、荒く呼吸をする母。
点滴のチューブにつながれていない方のやせ細った手を握りながら、「そばにいるからね、ここにいるからね」と声をかけることしかできないでいた。
どのくらいそうしてぼーっとしていたかはよくわからない。
一時間くらいだろうか、突然別室でモニターを観察していた主治医がやってきて、
「どうやら人工呼吸器、しなくてもよさそうです。呼吸の状態がよくなってきました」と言う。
先生の顔が天使に見えた。
聞き間違いかと思って「え、今なんて..?」と何度か聞き返した。
モニターを見ると、確かに血中酸素濃度がゆるやかながら、上昇していた。
母は人工呼吸器装着を身を以て拒んだのかもしれない、そんなことを考えながらこみあげる気持ちを抑えきれずにまたぽろぽろ泣いた。
機械で人工的に生かされるのではなく、自然死を望んでいるのかもしれない。
「がんばってくれてありがとうね」
なんどもなんども母の耳元でつぶやいた。
肺炎の炎症の方は今日の血液検査の結果を見ないとまだわからないが、呼吸の方は、とりあえずは自力で、酸素濃度も安定して命の危険は脱した。
まだ予断を許さない状態ではあるが、とりあえずは峠を越した。
遠方から姉もかけつけた。
なんとかなるだろう。
また力が湧いて来た。
心配してくださる皆さま、心から感謝します。
祈りが通じたのだと思います。
ひきつづき、がんばります。



