
<ちびマロと一緒にお留守番>
ふ〜っ。
おかげさまで母の療養型病院への転院、昨日無事に終わった。
搬送や転院先に着いてからは何事もなくスムーズにいったが、出発するまでは何かとやきもきさせられた。
前日に看護士さんに頼んでおいたことが何一つ行われてなかったからだ。
直前だというのに母のからだにはいろいろな管や線がつながれ、こちらからナースコールで呼びつけてはじめて着替えをしに駆けつける始末。
おまけに寝台タクシーが母をストレッチャーに載せて行くぞといういちばんバタバタしている最中に転院先の病院に提出する書類を渡される。
早めに来て退院時の精算等をし終えていたからよかったものの、あたふたしている段階でそんな大事な書類を渡すなー!、っと叫びたい気持ちをぐっとこらえた。
もひとつおまけに文句を書かせてもらうと、退院証明書が準備できていなかった。
んもう、どうなってんの、N病院。。
ま、愚痴や不満はきりがないのでこの辺にしておこう。
予定よりも早めに転院先であるO病院について手続きを済ませ、まずはレントゲンやら血液検査等の身体検査が行われた。
そして新たな落ち着き先である3階の3人部屋へ。
決して新しいとは言えないが清潔な場所だ。
ピンク色のカーテン、壁にかけられてある赤い縁取りのディズニー時計に心がなごむ。
母のベッドは窓際で、左端。右端にはベッドがなく、大きめのテーブルが置かれてある。
窓の外をのぞくと、近隣の家々の屋根瓦の向こうに新宿副都心の高層ビル群が目に入る。
近くに目を落とすと、隣の家の瓦屋根でひなたぼっこする白い猫ちゃんの姿に気持ちが癒された。
一息ついたところでわたしと父は院長先生に呼ばれ、母のレントゲンや血液検査等の結果について詳しく説明を受けた。栄養状態がどうとか尿の成分に白血球やばい菌が多すぎるとか、もちろん慢性的な呼吸不全のこと等、山積みの問題が指摘された。
前の病院でこんなに詳しく説明を受けたことはなかった。
医療的な処置よりも生活の質に重点を置くという病院の方針なので、こんなに詳しい説明や今後の対処のしかたの説明を受けるのは予想外でビックリ。
医療中心のはずのN病院よりよっぽど考えてくれているではないか。
今度のF先生は目を見てこちらの気持ちを考えながらことばを選んできちんと優しく説明してくれるところにも感激した。
いきなり強いことばで家族の血圧を急上昇させるようなどこかの先生とは大違い。。
母の部屋に戻ってお昼のお弁当を食べながら父とふたりで「心配したけど、転院してよかったね」としみじみ話していると、突然看護士長さんが血相を変えてとんできた。
「お母さんの皮膚疾患、介せんです。検査した結果介せんだとわかりました」
あっちゃ〜!! 思わずおはしで持ち上げたおべんとうの鳥の立田揚げが落っこちた。
父と顔を見合せた。
ど、どうしよう。。せっかく転院したのにつまみ出されたら。。。
信じられないことだが、N病院では、こちらが気がついて指摘したにもかかわらず、検査一つせずにただのアレルギーとしてそのまま放置されていたのだ。
施設にいた時に二ヶ月あまり隔離された悪夢がよみがえってきた。
少しして再び先生が現れ、今後の方針として、海外で介せんによく使用されて効果があるという飲み薬と塗り薬を一週間試すことを告げられた。
ダイジョウブ、部屋を移る必要はないが、介護の際には手袋とエプロンを使わせてくださいねということも言われた。
隔離の「か」の字もなければ迷惑そうな表情一つなし。
ほっとした。
まだ転院初日だというのに、院長先生、看護士長さん、スタッフの皆さんの態度やことばに「思いやり」が感じられる。
今までの所があまりにもあたたかみのない所だったから私たちが敏感なだけなのだろうか。
N病院では、三度も危険な状態を乗り越えても一度も先生から「よかったですね」という暖かなことば一つかけられなかった。
それどころか、先生と会えたのは母が急変した時だけだったのだ。
思いやり...しばらく忘れかけていたものをこの病院では思い出させてもらえる、そんな予感がした。



