「いぬばば」とマロ(シーズー)のたわいない話
 母の紫陽花
2006年06月18日 (日) | 編集 |
今日は朝からず〜っと雨が降り続いている。
今年の母の日にプレゼントした鉢植えの紫陽花の花も、雨に濡れてとてもうれしそうだ。

うちは、今はマンション住まいだが、石神井に住んでいた頃は一軒家だったので、小さいながらも庭があり、花が大好きである母は、いろいろな草花の苗を買ってきては所狭しと植えていたものである。
庭の4分の1は、当時飼っていた愛犬コロの犬小屋つきテリトリーで、残りのスペースには、美しく咲き誇る草花や、小さな野菜畑が母によって手入れされていた。
若き日々ををそこで過ごしたわたしは、セキセイインコやカナリヤの大家族を育てることに夢中で、ほとんど草花には興味がなかった。
そのせいか、どんな花々が当時あったかと聞かれても、正直いってあまり覚えてない。
でも、母が育てていた紫陽花と、野菜畑のことだけは今でもよく覚えている。
さやえんどう、トマト、それにきゅうり...いろいろな野菜がちゃんと食べられるサイズに育った。
母の「気」がいっぱい詰まった取れ立ての野菜を味わえる幸せに、当時のわたしは気がついていたのだろうか。自分や家族が健康で、平凡な毎日を味わえるという至上の幸福に少しでも感謝しただろうか。
母が育てた紫陽花は、今もあの庭で咲いている。


昨日、いつものケアマネージャーさんが、突然お別れのあいさつにいらっしゃった。
このケアマネさんになってから、まだ2ヶ月足らずだというのに、もうお辞めになるという。
驚きを隠せなかった。
ヘルパーさんの話によると、国の制度改正と会社とクライアントの板ばさみによる心労が重なっての退職らしい。
うちに来ている二人のヘルパーさんたちは、3年間替わることがなかったが、ケアマネージャーさんは、3年間ですでに3度も交替している。
ヘルパーさんももちろんそうだが、ケアマネージャーさんというお仕事は、真摯に対応しようと思えば思うほど、過酷な職業であるにちがいない。
特に、最近は制度改正の影響で、介護支援関連全体が大きく揺れ動いているようだ。
介護者の心のケアの問題にもう少し目を向けてもらうことは、過度な要求なのだろうか。










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